上手に生きたい 生きる

125.遅すぎるということはない

遅すぎるということはない
みーもん
人生に遅すぎるなんてことはないんだぜ
それは、大いに異論ありますけど。
でぃま

人生に遅すぎるなんてことはない、そんな言葉をよく聞くと思います。

本当にそうでしょうか?

子供のころに英才教育受けないと成しえないこと、学生のように時間がたくさんあるときではないと成しえないこと、

体力のあるときでないと成しえないこと…。機会を失したときには、「もっと早くやっておけばよかった」とか、思うこともありますよね。

それでも、「遅すぎるなんてことはない」と言いたいのは、

結局今の自分を作っているのは、自分自身の過去の積み重ねであり、遅すぎたと思うのは、

過去の自分に誤りがあったと考えることに近いと思うのです。

人間は誤りを起こしながら生きていくもので、失敗しない人生なんてないですから、そう思うのも当然だし、普通です。

で、過去は変えられないし、変えられるのは今から先の事柄だけです。

なので、我々が今生において変えることができるのは、全部先の話。

「遅すぎた」と変えられない過去を見るのではなく、変えられる先の話をしていきましょう。

そうした意味で、「遅すぎる」なんてことはないのです。それは、空想上の話なのですから。

今日の一問

子供のころの夢ではなく、今の夢はなんですか?

 

 

 

 

  • この記事を書いた人

Neo

学歴なし、特技なし、専門性なし、人生失敗だらけの著者が、”でぃま”に自分を映しながら、”みーもん”に助けてもらう話を執筆中。 著者の詳細なプロフィールはこちらから https://mi-mon.com/about-author/

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